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30kmを超えていよいよ足が上がらなくなる 五十四番延命寺(その4)

いろいろなことを考えながら太陽石油のコンビナートを抜け、ちょっと疲れたのでバス停のベンチでひと休みした後、再び国道を歩く。

ここからのペースは㌔ポストごとに14分・14分・13分・13分でそこそこ速く歩けたのだが、海岸沿いで平坦だとばかり思っていたのに意外とアップダウンがあった。考えてみれば、高潮や津波に備えなければならないので当り前なのだが、登りがつらく感じる。

大西町にある星の浦海浜公園の近くまで来た。時刻は午後2時半。公園だから休憩所があるだろうと思ったのだが、なかなか見つからない。1km近く進んでようやく公園の正面入口があり、一番向こうに休憩所があった。リュックを下ろして一息つく。

先ほど側道に貼ってあった遍路シールに、「延命寺まで5.8km」と書いてあった。あと約6kmを1時間半でクリアすれば、納経時間には間に合う。プラス今治市内まで4km、合計10kmの平坦ならこれまで何回も歩いてきた距離である。暗くなるまでに宿に入ることができそうだ。

朝6時から8時間以上歩いているので、さすがに足全体が痛む。足を伸ばしてツボ押しマッサージをして、何とか腰を上げる。あと10km、3時間歩けば宿でゆっくり休める。

ところが、そう思ったとたん、足が進まなくなった。JR線路沿いの側道に入ったのでペースが分からないけれど、㌔13分では歩けていないことは確かである。わずかな登り傾斜がずいぶん応える。ようやく踏切を越え、大西駅の周辺に入った。

このあたりまで来ると、目の前に「新来島ドック」と書かれた大きな建物が現われる。来島ドックは私の年代にはたいへん印象深い企業で、経営者の坪内寿夫は私が就職した頃、「企業再建の神様」と言われていた。いまの時代でいうと、ユニクロやソフトバンク社長のような位置づけである。

(ちなみに、来島ドックは「くるしまどっく」と読む。社会人1年生の頃、「きじまどっく」とか「きんしょうぬー」とか読んで笑われている人がいた。)

にもかかわらず、その後本家本元の来島ドックは行き詰まり、現在は別会社の「新来島ドック」となっている。つまり、もともとの株主や債権者、社員はかなりの迷惑を受けているはずであるが、破綻後の1992年に坪内寿夫は勲章をもらっている。福田親父と仲が良かったからだろう。

大西の市街地に入ると、遍路地図の矢印は国道から駅前住宅街の道を示す。向こうから歩いてきた地元のおじさんに、「ご苦労さん。あと4kmだよ」と声をかけられた。ありがたいより先に、あとまだ4kmもあるのかと思ってしまった。

再び国道と合流するところでファミマを見つけた。まだ海浜公園の休憩から30分しか経っていないのだが、たまらず入ってしまい、マンゴージェラートをお願いする。ベンディングマシンでホットミルクを入れて作るのは、前回の区切り打ちで何度かやったのでお手の物である。

疲れて足が上がらなくなって思い出すのは、小松大師から牟岐、海部から那佐湾、神峯寺の下り、延光寺の往復といったところだが、それらはすべて、午後3時を過ぎてからである。今回もその時間、つまり魔の時間帯であり、加えてすでに30km歩いて来ている。

ファミマを出てすぐ残り2kmの標識を見つけた。もう今治市街が近く、たびたび信号待ちになる。そのたびに遍路地図を確かめるのだが、まだまだ延命寺には着かない。住宅街を抜け、学校の脇を通り、ロードサイド店が立ち並ぶ一角に入りようやく「←延命寺」と左折を指示する看板が現われた時にはほっとした。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら。モバイルフレンドリー対応済。



大西町手前の海浜公園でひと休み。ここまで来れば大丈夫と思ったのだが。


大西駅近くで国道から古い住宅街に入り、「延命寺まであと4km」と声をかけられた。まだ4kmもあるのかと思って、ちょっとめげた。


延命寺まであと2km。さすがに30km以上歩いて来ると、もう足が上がらない。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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