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白滝に寄り高山不動尊の急な石段を登る 関八州見晴台(中編)

ポツンとでない一軒家の先で再び林道に合流して、コンクリートで簡易舗装された道を登って行く。そのまま進むと関八州見晴台まで行けるようだが、「→高山不動」と書かれた案内にしたがって登山道に入る。

このあたりで2つ目の滝への案内があったが、ここも通り過ぎる。今回は滝を見るよりも、関八州見晴台まで余力を残して到達することが主眼である。体力を温存しければならない。

やがて3つ目の滝への案内が現われた。ここを逃すとせっかくの滝をすべて見逃してしまうのと、「0.1km」の表示があったのと、高山不動方面からざわざわした声が聞こえてきたこともあって、3つ目の滝、白滝を目指す。0.1kmにしては長すぎるような気がしたが、実際GPSを見ると200mはあったようだ。

白滝は落差10mほどの小さな滝だが、途中3つ4つの釜があり、何段にも分かれて落ちている。飯能市の立てた「白滝」の標識があるが、訪れるのは私だけである。斜めったトラバース道であまり安心な道ではなく、一般ハイキング客向けではない。

もとの道に戻って、あと1kmの高山不動に向かう。滝への分岐は谷のいちばん低いところで、ここから尾根まで上がるので、例によってスイッチバックのきつい登りである。さいきん覚えた、「なるべく足元を見る」作戦をとる。上を見ると先の長さにうんざりしてしまうから、足元を見てとりあえず今すぐのことだけ考えるのである。

途中、倒木が行く手をふさいでいるが、何とか通り過ぎる。木が倒れるような大風は10月初めに続けざまに来た台風だろうから、それ以来倒れっぱなしということになる。今回のルートでは何ヵ所かで見た。東京都の管理と比べるとちょっと差があるようだ。

尾根に登ってからの距離の方が長く、高山不動までなかなか着かない。しかも、せっかく登ってきたにもかかわらず、下り坂なのはくやしい。でも、道がそうなっているのだから仕方がない。やがて人工物が見えてきて、高山不動尊の石段下に出た。10時25分到着。残り1kmに30分以上かかった計算になるが、山道は距離ではない。

石段下のベンチで、リュックを背負った登山客が一休みしている。私同様シルバー世代である。平日のこの時間に、現役世代が来られる訳もない。それにしても、上の方からにぎやかな声が聞こえる。白滝分岐でもざわざわしていたし、何なんだろう。しばらく休んでから、急な段差の石段に挑む。

この石段は傾斜が急な上に、幅が小さくて足全体乗せることができず、しかも踊り場がない。中央に鎖が繋いであるので、これを頼りに休み休み登る。不動尊の本堂前には、結構な人がいる。

仏具を出して手入れしている一段がいて、にぎやかな中年女性のグループがいる。そしてなぜか、高校生くらいのグループもいる。いずれのグループもいま私が登った石段を登った気配はなく、みなさん元気一杯である。

説明書きがある。この不動尊は間口五間、内陣三間X二間を格子戸で区切る密教建築のスタンダードに則っていて、江戸時代中期の建築という。そういえば、四国お遍路歩きでも、この大きさの本堂をいくつか見たことがある。なるほどこれが当時の基準となる大きさだったのだな、と納得する。

後から気がついたのだが、この本堂へは石段を登るのではなく、裏の車道から下ってくるのがデフォルトのようで、それだったら疲れないはずである。本堂横にトイレと東屋があり、自販機さえ置いてある。

高校生のグループは、石段からではなくトイレ逆側の本堂横から現われて、トイレに向かっている。お参りする以外に、何か用事があるのだろうかと思ったが、この後高校生の大集団に出会うことになってしまうとは、この時点でまだ分かっていなかったのでした。

高山不動尊本堂から関八州見晴台までは、境内の案内表示には高校生の来たトイレ・東屋の反対側を示していたが、西武鉄道監修のハイキングコース図には「トイレと東屋の間を抜けて行く」と明記されている。案内板はないものの、そういう道が上に続いていたので、西武鉄道の指示にしたがい登って行く。

5分も登らずに再び車道と合流し、なぜかたくさんの車が止まっている。長テーブルとパイプ椅子が置かれておばさんが何人か座っていて、「XX高校PTA」と書いてある。不動尊前に屯ろしていた中年及び高校生の集団はこれだったらしい。素通りして、関八州見晴台に向かう。

(この項続く)

p.s. 「中高年の山歩き」バックナンバーはこちら。モバイルフレンドリー対応済。


3つある滝の中で、一番不動尊寄りの白滝。登山道から5分ほど狭い道を登る。


高山不動尊への残り1kmは結構ハード。今月の台風のためなのか、倒木が登山道をふさいでいる場所もあった。


高山不動尊。間口五間という立派な建物で、ここに至る石段は狭くてハード。よくみんな来られるなと思っていたら、裏に車道が通っていたのでした。

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taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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