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もともと五剣山を祀った山岳霊場か 八十五番八栗寺(中編)

五剣山はもともと5つの鋭い峰から名付けられたと言われ、現在でも左の4つはたいへんよく目立つが、一番右の峰は頂上が平らになっている。これは、もともと鋭い峰だったものが地震で崩れたといわれている。その五剣山が、だんだん間近に迫ってくる。

ケーブルカー駅を過ぎると、傾斜が一段ときびしくなる。なかなか足が上がらないのは、屋島を登り下りしたからだけでなく、早起きしてすでに20km近く歩いているからだろう。体がだるい。鳥居のところまで歩いて、たまらず座り込んでしまう。

寺の参道なのに鳥居というのはよく考えると妙だが、神仏習合の時代であれば誰も違和感を持たなかっただろう。この鳥居は聖天様のためと書いてあったと思うが、このあたり体調が悪くてメモも写真もないから記憶違いかもしれない。

屋島の登り坂と違ってきちんと遊歩道にはなっていないが、歩きやすい道だった。急な傾斜で暗い道を登って行くと、いよいよ五剣山が間近に現れる。昔は売店だったような家並みがあって、再び鳥居がある。背後に五剣山があるので、まさしく山そのものがご神体のように見える。

休業中の売店だと思われた家並みの一角に「営業中」の札が下がっていた。ここが岡田屋旅館で、歩き遍路がよく利用する宿として有名である。かつては、参拝客や遍路客でにぎわったであろう門前も、いま営業しているのはこの岡田屋旅館だけのようだ。

鳥居をくぐって境内に入る。境内は広く、入ってすぐの一角に本堂と聖天堂がある。本堂の真後ろに五剣山が聳え立っているのは壮観である。午後3時10分着。麓から1時間かかった。

五剣山八栗寺(ごけんさん・やぐりじ)。山号は寺の背後にそびえる五剣山からとられている。寺号より山号の方がしっくりくる札所はいくつかあるが、この五剣山もその一つである。見るからに山岳信仰の霊場で、弘法大師以前から修験道の行場であったと思われる。

本堂の斜め前に聖天堂がある。本堂より一段下に建てられているが、大きさは同じくらいである。石鎚山も聖天が祀られていたが、同様に山岳信仰と関わりの深い神様として、古くから重視されてきたのであろう。真言宗だけの信仰であれば、聖天堂の位置には大師堂がある。

では大師堂はどこにあるかというと、多宝塔や五剣山を模したオブジェとともに、本堂エリアから少し奥に進んだ一角にある。この一角がまさにすがすがしい雰囲気である。幸いベンチがいくつか置いてあり、静かな時間を過ごすことができる。

すぐ下りてしまうのがもったいない気持ちがして、ここで30~40分座っていた。ケーブルカーから本堂に来る参拝客はなぜかこのエリアにはあまり来ず、奥の方から何人か歩いてきた(後から気づいたが、奥に駐車スペースがある)。外人さんらしき姿も見たが、軽装だったのでお遍路歩きかどうか分からない。

ここまで来てしまえば、あと宿までは6kmだから1時間半、午後4時に出発すれば暗くなる前に着くことができるだろう。それにしても疲れた。せっかく八十八ヶ所お参りするのに、こんなに急いではいけないと改めて思った。スケジュールはもっとゆったり計画しなくては。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら



五剣山が近くなった。一番右側の頂は、江戸時代に地震で崩れたという。


八栗寺はまさに五剣山の直下にある。鳥居は聖天様のためということだが、五剣山そのものを祀っているようにみえる。右の建物が岡田屋旅館。「営業中」の札が下がっていた。


八栗寺本堂。左手のお堂は聖天を祀っている。

コメント

鳥居

参道の入口に鳥居があるのは、41番の龍光寺に似ていますね。

以下、私事です。
何年か前の区切りで歩いた時、31号が通行止めと言われて、困った時でした。結局、龍光寺で、歩いては通れる事がわかり、ほっとしたものです。洪水の後で、復興割引のような制度があって、宿泊証明書を書いてもらって、申請したように思います。
11月に62番から80番まで、歩く予定です。既に宿を手配しましたが、小さな遍路民宿さんは、煩雑なGOTOトラベルとは、無縁のようです。頑張ってくれているようなので、割高になるけど、予約しました。

お気をつけてお参り下さい

> Taibun さん

コメントありがとうございます。このところずっと雨で、どこにも出かけられません(涙

>> 41番の龍光寺

あそこは真念「道指南」では「四十一番稲荷宮」ですからね。神仏分離により多くの文化財が破壊されたり、古くからの伝統が絶えることになりました。バーミヤンのタリバンのことをどうこう言えないと思います。

> 31号が通行止めと言われて、困った時でした。

十夜ヶ橋が水没した年でしょうか。あの年ですと私は横峰をめざそうとして遍路道が通行止めになり、平野林道を登ったのでした。ちょうどその朝に遭難した人がいて、工事をしていたおじさんに言われて驚いたことを思い出します。

> 11月に62番から80番まで、歩く予定です。

六十二番は私が回った時は礼拝所でしたが、変な関係者がいなくなってバリケードもなくなり、宝寿寺に行けるようになったのは何よりです。

あの人達も一体何がしたかったのでしょうか。昼休みに誰もいなくたって呼び鈴鳴らしてもらえば済むことだし、納経料が足りないというのなら、他の寺がやっているように別の仏様のご朱印を作るとか、いくらでもやりようがあったと思うのですが。

お気をつけてお参り下さい。ではでは。

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