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コロナウィルス、騒ぎ過ぎなのか騒ぎ足りないのか

先週末の3連休、日本では大阪・兵庫間の移動自粛要請があり、「翔んで兵庫」(w)がお祭りとなる騒ぎがあったが、ニュースを見ると聖火を見に大勢集まったり、上野公園で花見散歩をしたりコロナウィルスはどこ吹く風といった雰囲気である。

しかし海外では、渡航禁止の国や地域は増える一方だし、外出自粛要請や宗教施設を含む集会禁止が多くの国で実施されている。アメリカも、カナダとの交通やヨーロッパとの移動を制限、ラスベガスMGMは当面休業。ショーン・ペイトン感染がニュースとなるなど、感染拡大が終息する気配はみられない。

だから世界の趨勢では、4月からの公共施設再開などとんでもないという雰囲気なのだが、日本のニュースをみると4月から小中学校が始まる予定など、コロナは終わりという空気である。今回のコロナウィルス、世界が騒ぎ過ぎなのだろうか、それとも日本が騒ぎ足りないのだろうか。

私の考えは、どちらもそれぞれに理由があるけれども、リスクミニマムという観点からは世界の対応が当り前で、日本のやり方では最悪の展開になった場合どうしようもないということである。まあ、80年前にそうやって最悪の展開になったけれども、何とか現在に至っている訳であるが。

WHOが「パンデミック」と言っても日本ではピンとこないが、ヨーロッパでは14世紀にペストのパンデミックがあり、人口の半数近く、特にイタリアでは人口の8割が死亡した。当時の状況は多くの文学作品に残されており、現在の欧米主要国の住民は当時のペスト禍を生き延びてきた人々の子孫である。

イスラム諸国も同様であり、未知のウィルス、疾病に対して神経質になるのは過剰反応とはいえない。そうしなければ生き延びることはできなかったのであり、その子孫に同様の思考回路が残っているのは当然のことである。

一方、日本にはペストのパンデミックは襲来しなかった。四方を海に囲まれるという立地条件が大きかったと思われる。日本における伝染病は結核(労咳)と天然痘(痘瘡)がよく知られるが、ペストのように致死率も感染力も高くなかった。

日本において脅威となったのは、病気よりも飢饉であった。農作物が不作になって生活できなくなる事態は近世以降もたびたび発生し、日本人の多くはそうした飢饉を生き延びてきた人々の子孫である。

だから、生産活動を制限してでもリスクを最小化しようという発想になじまない。病気から逃れたからといって、農作物ができなければ飢饉を避けられないからである。

原発がメルトダウンしても特効薬のないウィルスが蔓延しても、それよりどうやってご飯を食べるかが重要なのである。最低限国民が飢えないだけの蓄えがあるというのに、もっと稼ごうとオリンピックを誘致するのだからあまり賛同できないが。

そうやって、第二次大戦の壊滅的敗退の後も、バブル崩壊の後も、阪神淡路や東北の大震災の後も、命よりカネで対応してきた。だから今回も、もしかしたら世界の方が騒ぎ過ぎでそんな深刻な事態にならないのかもしれない。

しかし、リスク管理というものは、10回リスクがあれば10回避けられることが本来であって、10回のうち9回ではダメなのである。このような対応をしていれば、いずれいつかカタストロフが訪れることは避けられないだろう。

それが今回のコロナウィルスであるかどうかは分からないけれども、いずれにしてもみんながそうしているからといって花見に行ったり聖火を見に行ったりすることは避けた方がよさそうだ。10人のうち1人が見合わせれば、うまくいけば日本の人口は1200万人残る。人口がそのくらいの国や民族は、世界中にたくさんある。

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春分の日の3連休、日本では大阪・兵庫間の県境封鎖(w)が話題になりましたが、世界的には笑い話ではすまないシリアスな状況となっています。

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