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ユースホステルの盛衰について思う 番外霊場海岸寺(後編)

海岸寺に着いたのは、午後1時半だった。多度津の遍路小屋からも遍路地図のとおりに行くと遠回りで、しかも県道の周辺で道路工事が行われていて道が変わっている。海も見えないし道案内もないので、道路沿いの不動産屋さんで道を聞かなくてはならなかった。

経納山海岸寺(きょうのうさん・かいがんじ)。たびたび引き合いに出す五来重氏によると、このお寺は善通寺の海の奥ノ院だったという。実際に海岸寺という寺号だからもとから海沿いにあったことは間違いなさそうだ。

かつては弘法大師出生地を善通寺と争ったという。当寺のHPによると、経納山とは弘法大師が法華経を納めた山で、本堂から100mほど離れた奥ノ院のある場所という。そのためか、寺では本堂エリアを山号を使わず屏風浦海岸寺としている。

位置的には善通寺よりも弥谷寺に近く、観音寺方面から弥谷寺に登りそのまま海側に山を下りると海岸寺に達する。実は、弥谷寺にお参りした時にその経路を予定したのだが、暗くなりそうだったのでJRみの駅へ引き返した経緯にある。

道路沿いにまず見えてくるのは、山門と庫裏である。それから、4階建てくらいの鉄筋コンクリートが登場する。これがユースホステルであろう。いまやっているのかどうか分からない。

別のところに書いたことがあるが、私が大学生の頃がユースホステル全盛期だった。民宿でも4千円ほどかかった頃に、1泊2食2千円ほどで泊まることができ、全国津々浦々にあった。ちょうど、団塊の世代が日本中飛び回っていた時期である。

その後、オイルショックとインフレが来て、その値段ではとても1泊2食を提供できなくなった。さらに、バブルで若い世代の関心が国内よりも海外に向かったことによって、ユースホステルのブームは急速にしぼんでいくのであった。

そうした外部要因はともかくとして、ユースに泊まればみんなで歌を歌ったりフォークダンスをしたり、よく分からない連中が偉そうに指図したりする雰囲気が、ユースホステルから宿泊者を遠ざけたのではないかと私は思っている。

でも、いずれにしても40年前のことである。いまや、ドミトリーの日本版としてユースホステルが見直されてきているらしいし、ともかくこうしてユースの看板を掲げているところはあるのである。

海岸寺に話を戻すと、山門と並んだ県道沿いに仁王門がある。普通、仁王門と言えば金剛力士なのだが、こちらの仁王門は力士は力士でも相撲の力士である。立派な銅像で、琴ヶ濱と大豪と四股名が書かれている。昭和30~40年代の力士で、琴ヶ濱は観音寺、大豪は丸亀の出身である。

仁王門の奥に本堂がある。お寺の敷地そのものは大きいのだが、なにしろユースホステルの建物が多くを占めているのでちょっと手狭である。輪袈裟を掛け、教本を出して読経。すぐ横が納経所である。大師堂が離れた場所にあるので、気になったけれど先にご朱印をいただく。

いったん仁王門を出て、県道を100mほど進む。左手に、立派な多宝塔が見えてきた。何だか、本堂があるエリアよりもお寺らしい雰囲気だ。しかし、車通りがない分ひと気がなくて寂しい。

山門の扁額には「経納山」の扁額が掲げられている。経納山は海岸寺の山号であるが、寺では奥ノ院を指しているようで、本堂エリアを指す場合は屏風浦海岸寺といっている。境内には、一番奥に大師堂、その前に弘法大師が産湯を使ったという井戸もある。

大師堂は、周囲が開けているせいか、本堂よりも大きく見える。読経して脇の建物をみると、こちらにも納経するためにご住職が待機されている。別に納経所があるので、気にすることはなかったのだ。1ヶ寺で2つになるが、せっかくなのでご朱印をいただく。

あとでご朱印帳を見ると、本堂でいただいたものには「四国別格第十八番 弘法大師出化初因縁之霊蹟 屏風浦海岸寺」とあり、大師堂(奥ノ院)でいただいたものには、「弘法大師誕生所 讃岐白潟 屏風浦海岸寺奥之院」とある。海岸寺自体が善通寺の奥ノ院だったとすれば、奥ノ院の奥ノ院ということになる。

金倉寺を出たのは11時だったのに、もうすでに午後2時である。どう考えても4kmや5kmじゃなかったと思いつつ、歩きながらスケジュールを再検討する。遍路地図によると道隆寺まで2.9kmだというが、かなり疑わしい。今回のお遍路は、始まって早々に厳しいことになった。

この日の経過
金倉寺 11:00 →[5.5km]
12:45 多度津へんろ小屋 12:55 →[2.2km]
13:30 海岸寺 14:05 →

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


山門と並列に、県道に沿って仁王門がある。置かれている銅像は琴ヶ浜と大豪。ともに地元出身の力士。


海岸寺の本堂エリアには庫裏やユースホステルがあるが、本堂自体はこじんまりしている。200mほど離れた奥ノ院の方が大きい。


奥ノ院まで歩く。ここには、弘法大師が産湯を使ったとされる井戸がある。


プロフィール

taipa

Author:taipa
4年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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