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大晦日、地元の神様にご挨拶(後編)

急な階段を数十段、踊り場を3つくらい経由して大森浅間山の頂上に達する。階段上は平らになっていて稲荷神社と社務所があり、さらに高くなっている場所に浅間神社がある。ここまで登るには、階段と逆側からはスロープしかなく、どうやって建設資材を上げたのだろうかと思ってしまう。

祠のある頂上からは360度の展望が開け、かつては富士山も望むことができたという。浅間神社は富士山をご神体として拝む神社なので、当然そうなのだろう。

すでに午後1時を過ぎて、3時間歩き通しである。浅間神社から印西市役所を越えて、ひょうたん池公園でひと休みする。公園から奥に進むと「ふれあいの小径」という遊歩道があり、その先に竹袋稲荷神社の参道に登る階段がある。

拝殿までけっこう歩いたが、裏山に比べて拝殿前はコンパクトだった。すぐそばの脇道に鳥居があり、そこから45度ほど右に谷を下ってもう一つ鳥居が見える。新年の支度をしていた方に教えていただいたところによると、右が表参道ということである。

初めて来たというと、親切にいろいろ教えてくださった。

「こちらの稲荷神社は、八犬伝の里見家から寄進を受けて社殿を作った古い神社で、利根川を運んできた材木が陸揚げされた場所ということで木下(きおろし)の名前が付きました。江戸時代に鮮魚を江戸に運んだことで木下が有名になりましたが、竹袋の方が古くから開けているのです。」

「このあたりは竹袋村という村で、いま市役所のあるあたりまでが村でした。でも、ニュータウン計画に反対して行政によく思われていないことから、開発の面では取り残されています。昔からうるさい人が多かったようで、成田線の線路を通す時も、家の田圃に行けないということで踏切をたくさん作らせました。だからこの区間にはやたらと踏切が多いのです。」

「拝殿前にある灯篭はお女郎さん灯篭といって、昔、年期の明けたお女郎さんが郷里に帰れず、途中の木下で下働きをして暮らしたということがあって、その人が寄進したのでその名前となったのです。」

他にも、この地域のいろいろな祭りのこととか、利根川から水道局まで車が通れるほど太い取水管が通っていることとか、このあたりが風の通り道になっていることとか、いろいろお話をお伺いした。たいへん勉強になった。

帰り道では、別所熊野神社にお参りする。天台宗の寺院である金龍山宝泉院地蔵堂と並んで建っている。千葉ニュー地域には天台宗のお寺さんが多く、他には禅宗系があるくらいである。

熊野神社というくらいだから、もともとは修験道系の熊野信仰が出発点であるが、後の時代には神仏習合してそれぞれの土地を鎮守する神様となっている。建物は新しくきれいで、千葉ニュータウンの建設に伴って整備されたもののようである。

ここから約1時間、亀成川沿いのあぜ道を通って帰った。夕方に近づくと風が強くなって、翌朝はかなり冷え込んだ。

この日の経過
自宅 10:25
11:55 火皇子神社 12:00
12:35 長楽寺・大森鳥見神社 12:45
13:05 大森浅間神社 13:15
14:00 竹袋稲荷神社 14:15
14:30 別所熊野神社 14:35
15:35 自宅
[GPS測定距離 16.9km]

p.s. 千葉ニュータウン関連記事のバックナンバーはこちら


大森浅間神社。国道建設のため北側(左)の山体が崩されたが、かつては利根川を望む景勝地だったという。


竹袋稲荷神社。ひょうたん池公園からふれあいの小径経由の参道にある鳥居。近年整備されたもの。


別所熊野神社(奥)。手前は金龍山地蔵堂。社屋は千葉ニュータウン建設の際に整備された。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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