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翌朝のお勤めと戒壇めぐり 七十五番善通寺(後編)

夕飯を食べたら眠くなってしまい、歯を磨いて午後7時過ぎには寝てしまった。こんなに早く眠れるかなと思っていたら、心配することもなく寝入ってしまった。御影堂近くの静かな環境で、ここ数日の標高差のある登り下りで疲れもたまっていたのかもしれない。

午前5時近くなると、他の部屋を出入りする物音がし始めたので、私も起きることにした。洗面をすませ、白衣に着替え、6時15分前に部屋を出る。受付のあたりは団体客でいっぱいで、お勤めのある御影堂にはすでに何人かが座椅子に腰かけてお勤めを待っていた。

お勤めはどのくらい時間がかかるか分からなかったが、仙遊寺のように1時間以上ということはないだろうし、団体客はお年寄りが多かったので座椅子は遠慮し正座して待つ。すでに何人かのお坊さんが準備しており、時間になると太鼓が鳴って袈裟を着たお坊さんが10名、御影堂の内陣に進んだ。さすが善通寺、お勤めも大勢である。

真ん中のお坊さんの椅子が宿泊客側を向いていたので、お勤めなのに妙だなと思っていたら、こちらではまず法話があって、それからお勤めで読経するのであった。法話を担当したのは小豆島に寺のあるお坊さんで、善通寺の偉いお坊さんが出張中なので代わりに、ということであった。

「小豆島にも八十八ヶ所があって、何回何十回も回ろうという方もいらっしゃる。私の知っている人で百回を目標に回られている方がいたが、年がいってから始めたのであと数回というところで体が続かなくなった」

「それからずいぶん経って、参拝された方と何気なく話していると、何か聞いたことがある話をなさる。よく聞いてみたら、その方が亡くなって、息子さんが回られているということであった」

「お遍路は病気のようなもので、一度回ったらそれでいいということではなくて、二度・三度と回りたくなるものだ。でも、この病気はお医者もいらなければ薬もいらない」

というような話であった。法話の後は読経があり、最後に宿泊客も含めて全員で般若心経を唱和する。お勤めの後は、お坊さんが9人退席し、一人残った方から善光寺の説明やお守り購入のお願いがあって、最後に戒壇めぐりをする。

この戒壇めぐりは、御影堂の地下に下りて、真っ暗な中を手探りで前に進むというもので、日中の参拝時にも500円でお願いできるが、朝のお勤めの際には無料である。

長いお勤めの後だったが幸いに足がしびれることもなく、普通に歩くことができた。でも、片方の手をずっと壁に付けていないと、全く視界がないので危ない。幸い、最初の階段を除けば床は平坦である。

何度か曲がり角を過ぎると、神々しい声が聞こえてくる。ここが御影堂中央の真下にあたり、少し明るくなった場所でお大師様の声(再現)が聞こえる。「みなさんが幸せな毎日を送ることが、私の願いです」とおっしゃっている。

戒壇めぐりが終わると、宿坊への通路に出る。宿泊客が登って来るたびに「朝食の用意ができています」と案内のお坊さんが繰り返している。時間をみるとすでに7時10分になっていた。

この日の経過
甲山寺 13:50 →[2.0km]
14:30 善通寺(泊)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


善通寺いろは会館。いろは、とは弘法大師がいろは歌を作ったとされることによる。宿坊・食堂・浴室・善通寺の事務室などがある。


いろは会館食堂。団体客が入るため、内部は百以上の席があり、さらに奥に、僧侶の食堂がある。


善通寺の夕食。これで1泊2食6,100円だから、お大師様誕生のお寺だけのことはある。ホイルはこんにゃくのみそ焼。お刺身は宿泊客だけにしかつかない(多分)。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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