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いろは会館はマストの宿坊 七十五番善通寺(中編)

五岳山善通寺(ごかくさん・ぜんつうじ)。五岳山はお寺の背後にある五つの峰、香色山、筆山、我拝師山、中山、火上山から採られた山号であり、それらの峰々で弘法大師が修業されたことを示している。善通の寺号は弘法大師の父、佐伯善通から名付けたもので、本堂エリア・東院伽藍は弘法大師が学んだ唐の青龍寺に倣ったものという。

現在の御影堂(みえどう)は、弘法大師が生まれ育った佐伯家の邸宅跡に建てられたものといわれ、江戸時代の「霊場記」にそう書かれている。

本堂の丈六薬師如来にお参りした後、御影堂エリアに戻る。御影堂にお参りした後、納経所でご朱印をいただく。売店の横のベンチで身支度をしていると、車椅子のおばあさま方に話しかけられた。このおばあさま達は、御影堂の入口にあるおびんずる様にお参りしていて、車椅子で時間がかかるので私は後ろで待機していたのであった。

「どこから来たんだい?」

「千葉です。成田空港の近くです。」

「千葉かい。ずいぶん遠くから来たんだね。歩きかい?そりゃまた大変だ」

おばあさま同士で盛り上がっている。車椅子を押すのは家族ではなくてボランティアか何かのようで、その人達にも説明している。車椅子だから、先ほどのおびんずる様にも念入りにお参りしていた。通路が狭いので、方向転換にも苦労していたのであった。

納経帳や数珠・経本などをリュックにしまって、奥に見えるいろは会館に向かう。たいへん立派な建物である。御影堂からは棟続きでいくつかの建物があり、そのままいろは会館までつながっている。翌朝はここを通って、御影堂でのお勤めに向かうのである。

もう午後3時を回ったので大丈夫だろうと、受付に向かう。下足箱のところに杖を置くスペースがあり、個人名が5組ほどしかなかったので、これだけ大きい施設に宿泊客がこれだけなのかと思ったら、後から遍路ツアーの団体客が数十人入ってきた。WEBなどで満室の場合もあると書いてあるのは、嘘ではなさそうだ。

それは後の話で、この時間にチェックインしたのは私ともう一人だけだった。受付で説明を受け、階段を上がって部屋に向かう。このあたりの部屋は個人客向けのようで、私の泊まった2階には10室ほどあったが、団体客は他の棟に泊まっていたようだ。

洗面所は昔の仕様で共同だが、トイレはとてもきれいで、設備も新しい。もちろんウォシュレットも付いている。部屋は8畳で、小さいながらTVもあり、ちゃぶ台にポットとお茶の用意もある。ハンガーとか物を干すスペースがあまりないだけで、お遍路には十分な部屋である。

荷物を置いた後は、まず洗濯である。受付のある階の地下が洗濯室になっていて、洗濯機・乾燥機が5台ずつあるのだが、びっくりしたのはすべて無料で使えることであった。お接待で洗濯していただけるところはいくつもあったが、乾燥機まで含めてタダというのは善通寺だけである。さすが御大師様ご誕生の寺である。

午後4時から入浴可能なので、洗濯機に洗濯物を入れて浴室に向かう。「大師の里湯」というたいへん立派な温泉がある。ここを数人の宿泊客で使うのかと思っていたが、後から団体客が来たので納得である。

夕飯は、午後5時半に来てくださいと言われていた。お刺身、がんもどき、こんにゃくの味噌焼き、ゴマ豆腐、野菜鍋にご飯・お吸い物といったメニューで、ビールは食券を買って瓶ビールをお願いする。ボリューム不足というWEBもあったが、私には十分であった。これで1泊2食6,100円、翌朝のお勤めもできるのだから、スケジュールが合って部屋が取れればマストの宿坊である。

この日の歩数は31,725歩、GPSで測定した移動距離は14.3kmでした。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


御影堂から本堂までは、結構長い。善通寺だけで町になるような印象である。甲山寺がいくつ入るだろう。


上の写真の地点から逆方向の御影堂方向。背後は香石山、右後ろに筆山である。五岳山とは、善通寺の背後にある5つの峰々から名付けられた。


善通寺本堂。善通寺は、弘法大師の父、佐伯善通を寺号とした。ご本尊は薬師如来。

プロフィール

taipa

Author:taipa
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