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お大師様のおひざ元、善通寺に到着 七十五番善通寺(前編)

甲山寺の駐車場から、弘田川に沿って歩く。立派な山門を出ると、目の前にベルトコンベアから採石が落ちる音と光景が現われる。甲山のこちら側は採石場になっているのである。もともと信仰の山であった武甲山も天祖山もこうなっているのだけれど、なんだか寂しい光景である。

このあたりは工業地帯で、川をはさんで工場や資材置場の区域が広がる。お寺までは水田がありお墓があり、抜けると工業地帯というのはちょっとシュールである。

もう市街地に入っているので、右左に道が走っていて、どれが遍路道なのかよく分からない。道路の上に掲げられている行先案内に従って車道を歩いたのだが、どうやら人間用ではなかったようで、ずいぶん遠回りしてしまった。野球場のある一角を抜けて、病院の立派な建物を見ながら善通寺の方向に向かう。

しばらく歩くと、住宅街の中を右折せよと指示がある。行先案内を見ると、4ヵ所の札所への方向と距離が書かれているのは、さすがお大師様の出身地である。ここまで甲山寺から1.1kmで、善通寺まで0.5kmなのだが、どこがお寺なのかそれらしき建物は見えない。

さらに進むと、前方に大きな駐車場が見えてきた。歩行者用の入口が見当たらないので、料金所の横を通り、車の脇を抜けて土産物店の前に出た。そこから太鼓橋を渡った向こうに、お寺の建物がいくつも固まっている。14時30分、善通寺に到着。

なにしろ初めてだし境内はたいへん広いので、きょろきょろしながら現在位置がどこか確認する。建物の間を抜けて広くなっている場所に出ると、横に大きく御影堂(みえどう)と書かれている。他の札所では大師堂であるが、ここ善通寺では御影堂と呼び、建物の大きさも金堂(本堂)より大きい。

現在位置が確認できたので、安心して周囲を見る。御影堂の正面に売店があり、参道を挟んで納経所がある。御影堂と売店の間を抜けて行くと、写真で見たとおりのいろは会館がある。いろは会館の場所は分かりづらいとどこかに書いてあったが、こうやって御影堂の方向から入ると迷うことはない。

お参りした後にいろは会館だから、まず本堂を先にお参りして、後から御影堂に戻ってくることにした。御影堂の正面から仁王門までは屋根付きの通路で結ばれていて、屋根の下には弘法大師の伝記をテーマとした絵の額が掲げられている。

仁王門をくぐり参道を本堂エリアに向かう。たいへん広い境内で、いましがたお参りしてきた甲山寺がいくつ入るだろうかと思ってしまう。100mほど離れた本堂エリア、東院伽藍に入る。五重塔がそびえ、その向かいに金堂(本堂)が建つ。間口はそれほどでもないが、高さがある。まるで覆いかぶさるような威圧感だ。

本堂前の手水場で手を洗って、中に進む。本堂内にいらっしゃるのは、ご本尊の薬師如来坐像。丈六の大仏である。真念「道指南」には善通寺のご本尊は四尺五寸の大師御製と書いてあるが、「霊場記」には、大師自ら丈六の薬師三尊を浮き彫りにしたというから、もとは磨崖仏だったようだ。現在のご本尊は江戸時代、元禄年間のものである。

大きなご本尊の前でお経を唱えるのは、なんとも荘厳な雰囲気である。奈良や京都のお寺ではよくあるケースだが、さすがに八十八札所でも丈六のご本尊は少なく、善通寺が初めてだと思う。そもそも、直接ご本尊が見られるところは多くない。

(この項続く)

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甲山寺を出ると、機械から砂利が仕分けられている。甲山のこちら側は、天霧山と同様、採石場になってしまっている。


善通寺市街に入った。普通の民家が続くが、行先標示をみると札所ばかりで、いよいよ総本山善通寺が近づいたことが分かる。


善通寺は甲山寺から順打ちだと、駐車場を抜けて境内に入る。御影堂のすぐ近くになる。

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