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出釈迦寺から捨身ヶ嶽禅定へ 七十三番出釈迦寺(前編)

曼荼羅寺を出ると、出釈迦寺まで800mの標識がある。間には、大きな墓地があり、車道の途中から西行庵への道を分ける。まさに、本堂と奥ノ院といってもいい位置関係である。

10分ほど歩くと出釈迦寺の階段が見えてくる。その前にある大きな建物は「民宿坂口屋」と書いてあるが、遍路地図にも載っていないので、ずいぶん前から営業していないようだ。「坂口屋」というと太龍寺から下りてきた民宿を思い出す。相当な設備投資をしただろうに、もったいないことである。

階段を上がると境内である。曼荼羅寺ほどではないが、結構広い。本堂と、その右隣に大師堂、その前には何列かベンチがある。本堂の左に納経所があり、その近くに屋根の付いた休憩所がある。

こうして歩き遍路をしていると、ベンチがあるというだけでたいへんありがたい。お寺によってはお堂の前にベンチが1つか2つ、休憩所などないというところは珍しくない(名前を出して悪いが、雲辺寺とか)。こうして歩き遍路のために心遣いをしていただけるのは、さすがお大師様の生まれ育った場所である。

我拝師山出釈迦寺(がはいしさん・しゅっしゃかじ)。我拝師山は曼荼羅寺と同じく、空海が修行した背後の山であり、寺号はお大師様が捨身ヶ嶽で修行したとき、お釈迦様が現われたという伝説から名付けられた。

しかし、五来重氏が書いているとおり出釈迦寺はもともと曼荼羅寺の奥ノ院であり、西行が「曼荼羅寺の行場」と述べているから、少なくとも平安時代末までそうであったことは確かである。

本堂前には、比較的新しい仏足石が備えられている。その隣に「瑞氣」と大きく看板が掲げられているのは、どうやら捨身ヶ嶽で満月の日に祈念したお守りのようである。お守りというと私などはどうしても神社でいただくものだと思ってしまうのだが、お大師様は厄除けもなさるのだから、お守りもあって不思議はない。

大師堂もお参りして、まず出釈迦寺のご朱印をいただく。時刻は午前10時20分、捨身ヶ嶽に行って戻ってくると、ちょうどお昼頃になるだろう。階段を下りたところから左に車道が続いていて、奥には駐車場がある。駐車場の横に2軒、プレハブ小屋でうどん屋さんが営業している。下りてきたら、ここでお昼にしよう。

駐車場のすぐ先は、もう坂道である。なぜか、捨身ヶ嶽への道案内がないので迷うが、一番太い登り坂を登って行く。この先にはもう民家はなく、しばらく畑が続いた後は道の両側とも林になる。

捨身ヶ嶽に登るかどうかは、区切り打ちの出発時点では未定であった。何しろ、すでに横峰寺で遍路道不通の情報があったし、途中の宿も予定どおり取れなくて、どういう進行状況になるか、まるで読めなかったからである。

幸い、横峰寺への登り下りが車道を通って1日で終わり、その後は天候が回復して順調に連日30kmを歩くことができた。雲辺寺から観音寺市街への日程もハードだったが、タクシーが5時迎車というケガの功名にも恵まれて無事に観音寺まで歩くことができた。そして、前日に弥谷寺までお参りしたので、この日は捨身ヶ嶽まで歩くことができたのである。

出釈迦寺から捨身ヶ嶽禅定まで、遍路地図には1396mと書いてある。距離的には15分あれば楽に歩けるはずだが、標高差が255mある。この標高差だと1時間近くかかってもおかしくないが、出釈迦寺にある捨身ヶ嶽への説明看板には「ここから徒歩30分」と書いてある。

あるいは道がきちんとできているのだろうかと期待したのだが、もちろん、予想したほど簡単な道ではなかったし、30分では着かなかった。休憩なしで、10時30分にスタートして着いたのは11時15分だから45分、やっぱり私の目安である標高差300m=1時間に近い数字なのであった。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


曼荼羅寺から我拝師山方向へ10分ほど登ると、出釈迦寺となる。五来重氏によると、かつては同じ寺だったという。


出釈迦寺本堂。本堂前に仏足石がある。


出釈迦寺大師堂。ベンチがあるのはありがたい。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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