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はっとするような美少女 ~年金生活雑感11

前回、最初に就活した頃のことを書いていて、思い出したことがあったので忘れないうちに。

結局、私が就職することにしたのは、ゼミの先輩がいわゆるリクルーターをやっていた会社だった。その後、その会社は合併を繰り返し、困った時にそんなヤワな関係など何の役にも立たなかった。みんな自分の身を守ることだけで精一杯だったのである。

もっとも、その最初の就職先で社内結婚したのがいまの奥さんだから、それも含めて、やっぱり運・不運だったんだろう。いいこともあれば、よくないこともある。あれこれ迷っていたら、あっという間に時間は過ぎてしまう。

思い出したことは、はっとするような美少女(だと思った)何人かに、この就職先で出会ったことである。それほどの美少女には人生でほとんど会ったことがなくて、就職先で何人かとあとは学生の頃、両手の指で数えられるくらいである。

転職して二番目、三番目の会社では、取引先を含めてそのレベルの美少女には会ったことがない。自分ではさして不思議に思わず、一流企業にはそういう人がいて、そうでない企業には少ないんだろうと思っていた。

最初に就職した頃は、どこの銀行も事務職として高卒女子を毎年何百人と採用していた。彼女たちの多くは数年で結婚し寿退社して(だから大卒女子はコネ以外ほとんどいなかった)、常に新陳代謝が図られていた。

そして、まだ雇用均等法などないから、当時の採用基準の上位は容姿であった。採用の時点で水準が高く、しかも若くて、その中でのよりすぐりとなれば絶世の美少女となる訳である。

でも、時間が経つと、会社がどうこうではなくて、女の子がきらきらしているのはごく限られた時間だということに気がついた。美少女だって時が経てばおばさんになり、人間的魅力はともかくいつまでも輝いているわけではない。

わかりやすく芸能人の例をあげれば仲間由紀恵である。輝いているというのは、例えば彼女がTRICKで売れない手品師をやっている時で、TRICK2以降はきれいだし女優として落ち着いてきたのだけれど、きらきら感はない。そういうことである。

そして、さらに気づいたのは最近のことである。はっとすることのできる感受性は、若い時しか持っていないのではないだろうか。

だから、十代後半から二十代、学生時代か最初に就職した頃だけ美少女がいたように思うのだけれど、実際にはその年齢以降、私の側に、それを感じるだけの感受性がなくなってしまったのである。

時として、そうした方面の感受性を老人になっても失わない人たちがいる。そうした中には、芸術家と呼ばれる人たちが少なくないようである。いつまでもみずみずしい感受性を失わないことは、そうした人たちには大切なことなのだろう。

でも、お前にもそれをやろうと言われても、ちょっと考えてしまうかもしれない。

p.s. 年金生活雑感、バックナンバーはこちら

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taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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