FC2ブログ

記事一覧

予定よりかなり遅れて小松尾山到着 六十七番大興寺(中編)

大興寺が近づくと、いくつかあるため池を迂回しつつ進む。まっすぐ進めるとは限らないので、見た目よりも距離がある。真念「道指南」にも「この間池二つ有 ふたつめにしるし石有」と書かれているが、小さい池を合わせると現在ではもっと多い。

とはいえ、地図でみる限り最も大きいはずの岩鍋池にはほとんど水はなく、土色をした底土が見え、その中を細い川が流れているだけだった。1週間ほど前に台風が来て大雨になり、横峰寺のあたりでは土砂崩れも起こったほどだというのに、県境を越えると水不足なのだろうか。ちょっと意外な気がした。

そして、大興寺、かつての小松尾山である。小さな、とはいっても標高差で20~30mはある坂を2つ3つと登り下りしなければならない。順打ちルートだと民宿おおひらの前に出るのだが、山門へは再び下って山を半周しなくてはならないのだった。途中で気づいて、本堂までショートカットする。

結局、大興寺に着いたのは午後2時55分、雲辺寺からは4時間かかった。遍路地図別冊に載っている所要時間よりも、「四国のみち」ホームページに載っている所要時間の方が、ずっと実態に近いということである。

小松尾山大興寺(こまつおさん・だいこうじ)。「道指南」では小松尾山、ご詠歌では「小松尾寺」としているが、霊場記には「小松尾山大興寺」と現在と同じ山号・寺号で載っている。

その霊場記の挿絵が、現在の姿とほぼ同じである。遍路道から本堂・大師堂のエリアに入り、石段を下って大興寺の庫裏という絵が描かれている。ということは、現在の山門のあたりを昔は大興寺といい、いまの本堂のあたりを小松尾寺と言ったものだろうか。

歩いてくる時は気づかなかったが、寺全体が一つの山になっていて、古墳のように見える。本堂一帯や民宿おおひらのあたりは20~30m高い丘の上で、そこから下って山門があり、その前は広い水田になっている。

ご本尊の薬師如来は香川県の指定有形文化財。寺に伝わる天台大師(中国天台宗第三祖智顗)坐像、弘法大師坐像も、同じく有形文化財の指定を受けている。天台宗と真言宗が併存する札所も珍しいが、このことは「霊場記」でも触れられており、最盛期は七堂伽藍を有する大寺だったという。

その面影はいまでも残っており、本堂エリアは広々として落ち着いていて、かつて両宗研究の場として多くの学僧が勉強していた雰囲気が感じられる。それと、山の上と麓ではお寺の雰囲気もかなり違っていて、山の上は隔絶しているし、麓は開放感がある。

遍路バスツアーの一団が来て、いっぺんににぎやかになる。駐車場は、山門ではなく本堂レベル、つまり丘の上にあるようだ。とはいえ、境内は広いので、それほど気にはならない。

さて、雲辺寺からの歩きに4時間を要してしまったため、大興寺のお参りが済むと午後3時を20分ほど回ってしまった。こういうことがあるから、計画には余裕をもたなければならないのである。

この日はタクシーの都合で予定より1時間早く5時にスタートしている。だから、もし予定どおり6時に出発していれば現時点で4時半、納経時間ぎりぎりになったということで、まさにケガの功名であった。

この日の札所はこれで終わり、あとはホテルまで歩くだけであるが、距離はあと約7kmある。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


大興寺本堂。道指南では小松尾寺とあり、ご詠歌にもそう謳われている。


大師堂から納経所。かつて天台宗・真言宗共通の学問所として、多くの僧が学んだという。


「小松尾山」の扁額が掲げられた山門。本堂・大師堂から長い石段を下って山門に達する。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
過去のnifty(2005-2014)、忍者(2014-2018)、当サイトの15ヶ月を経過したブログ記事は、下のリンクからホームページでご覧いただけます。

カレンダー

10 | 2019/11 | 12
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30