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奥多摩湖からの歩きはかなりきつい 奥多摩むかしみち(中編)

浅間神社のすぐ先が中山集落である。むかしみちのとおりに進むと急に車が何台か停まっている車道に出て、そこから逆V字型に引き返して再び細い山道になる。

歩道仕様のため車は通れないので、逆方向に車道が通じているのだろう。しかし、このあたりの国道は集落から標高差100mほど下のトンネルを通っている。国道に出るまで、かなりの急傾斜を下って行くものと思われた。

むかしみちとなっている山道も、いくらなんでも昔の青梅街道ということはないだろうという道だ。かなりの急傾斜を足元に気を使いながら下って行く。この時間でも、引き続きヘリが盛んに谷間を飛んでいる。小さな荷物のようなものを下げていたのはなんだろう。

急傾斜の斜面の先には、小河内ダムが見える。もう1時間以上歩いているのに、まだダムからほとんど歩いていないとは、駅までいったいどれくらいかかるだろうと考えてしまった。

ダムの水面の向こう側には、いくつかの峰々が見える。3つの峰がひときわ高く見える。おそらく左から鋸山、御前山、月夜見山だと思われた。前日登った三頭山は、月夜見山からさらに右方向の奥にあるはずだ。

山側の斜面には引き続き落石防止の金属網が張られている。その網を通り抜けて、小さな石がいくつか道の真ん中に転がっている。むかしみちという名前は穏やかだが、急坂あり落石ありでかなり厳しい。

中山集落からずいぶん下って、車道に突き当たった。右がむかしみちと案内がある。その方向に進むと、水道局の施設らしき門扉で行き止まりとなり、そこからヘアピンカーブで下に続いている。

このあたりから先は車も通れる幅の道路が続き、ここまでのような登山道という雰囲気ではなくなる。傾斜もずいぶんとゆるやかになり、想像していた「むかしみち」のイメージどおりの道となった。

ここでようやく、むかしみち唯一といっていい休憩所を見つけた。西久保休憩所である。簡易バイオトイレが1つだけあり、テーブル付のベンチが2脚ある。その傍らにはなぜか石灯籠が置かれていた。

前日の都民の森以来ひさびさに、腰を下ろしてゆっくりする。時刻は9時15分過ぎ、歩き始めて1時間半経っている。奥多摩湖から歩いた場合のコースタイムは3時間半なのだが、あと2時間で着くのだろうか。

そんなことを心配していたら、ぽつぽつと小雨が降ってきてあっという間に舗装道路の路面が濡れてしまった。空を見上げると日も差していて天気雨だが、午後には本降りになるという予報である。あまりゆっくりしてはいられない。

西久保休憩所の少し先が道所の集落で、登山家の山野井さんがこのあたりに住んでいるらしい。どの家なのかはよく分からなかった。広場には「消防訓練用」という高い建物があり、奥にも何軒か家があるらしかった。

このあたりは昔の青梅街道だけあって、かつて人や荷物が往来していた名残りが残っている。馬の水呑場という水場がある周辺は、かつて茶店も何軒かあったそうだ。いまはそういう店はないけれども、廃屋の扉に古いオロナミンCの看板が残っていた。

他にも、牛頭観音や耳の神様、縁むすび地蔵尊など、かつて信仰を集めた旧跡がみられるが、その中には落石防止ネットの中に囲われてしまったものもある。昔は耳が痛くなっても医者にかかることもできず、耳の神様に願をかけて直していただくしかなかった。ハードな時代である。

(この項続く)

p.s. 「中高年の山歩き」バックナンバーはこちら


青目不動尊から西久保休憩所あたりまで、道幅が狭い落石注意の道が続く。


浅間神社は中山集落の間近にある。申し訳ないけれど、むかしみちから二礼二柏手一礼でお参りする。


やがて舗装道路に出ると、間もなく西久保休憩所となる。簡易トイレとベンチがあり、2日間歩いて初めてここでゆっくり休むことができた。

 

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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