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騒がしいおばさん集団を避けて遍路道から国道へ 番外霊場延命寺(中編)

香園寺のところで書いたように、この回のお遍路は横峰寺への登山道が通行止というアクシデントがあり、予定変更を余儀なくされたのだけれど、他にもいくつかうまくいかないことがあった。

その一つが雲辺寺からの下りで、スケジュール的には青空屋か民宿おおひらに泊まるのが楽だったのに、その両方とも満室で取れなかったのである。後から考えると、これはお遍路歩きというよりも10月13日から15日このあたりで集中していた秋祭りの影響と思われるのだけれど、とにかく宿が確保できなかった。

そのため、四国中央市の次の宿が観音寺市となり、かなりつらいことになってしまった。歩いて歩けないことはないだろうが、次の小松尾山に午後5時までに入るのが難しいし、翌日戻るにもバス便がない。

だから、この日と次の日は、宿があるところまで歩いて終わりではなく、先に進んでから戻って来るという方法をとった。もともとこの日は予備日的な位置づけで、早く着くようであれば別子銅山記念館でも行こうと思っていたのだけれど、そんな余裕はなくなってしまったのである。

別子銅山記念館はビジネスホテルMISORAから高速道方面に1kmほどだが、その方向には向かわず国道11号を川之江方面に進む。やがて市街地は倉庫や工場が並ぶ郊外となり、登り坂になる頃にはぽつぽつ民家が点在するくらいになってしまった。国道なのでそれほどの傾斜ではないけれども、それでも登り坂である。大きな荷物をホテルに置いてきてよかった。

新居浜・川之江間の国道11号には1時間に1本路線バスが走っており、これに乗って戻ることになるため時々バス停の時間を確認する。暗くなる前、午後4時台か5時台に乗れればありがたい。別格札所の延命寺まで何とかクリアできるかどうか。

再び㌔14分ペースでの国道歩き。午後3時前、峠に達しここからは下り坂となる。このあたりからまた「四国のみち」が始まっていて、行先表示は延命寺である。下り坂で気持ちがよく、荷物も軽いので足が自然とそちらに向いてしまった。

ところが、歩いていると横の道から女性のグループが現れた。何十mか先なので風体はよく分からないが、かなり離れているのに後に話し声が響くほど大声でしゃべりながらの歩きである。しかも、歩くのが遅くてだんだん近づいている。

こういう連中は、追い越した後もっとうるさい。口は前に付いているからである。参ったなと遍路地図を見る。このあたり国道と遍路道は並行していて、左に曲がって少し歩けば国道に戻れる。次の角でおばさん軍団が直進したのを確認して、左折する。人の声より車の音の方がましである。

(ちなみに、このグループは私よりかなり遅れて延命寺に着いたが、納経所には来なかった。南無大師遍照金剛の白衣を着て、菅笠を被っていたのだが、八十八ヶ所だけ回るのだろうか。)

国道に戻ってすぐに「旅館・五葉松荘」の横を通る。オールドファッションな宿だが、遍路地図にも載っているので現役のようである。このあたりから、進行方向に、海と海沿いに建つ工業地帯の煙突が見えるようになった。

「延命寺あと2km左へ」の大きな看板が現れたのは、午後4時近くなってからである。あと2kmプラスお参りの時間を勘案すると、4時台のバスはもう無理で、必然的に5時台ということになる。土居の市街地に入り、大きなショッピングセンターの横を通って、延命寺まではまだ先である。

工事中の歩道を抜けて左折し、用水路の脇の細い道を進むと、すぐ先は踏切という位置に延命寺はあった。通りをはさんで向かいに駐車場と公園、トイレもある。学校帰りだろうか、大勢の子供達が通りを行き来していた。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


新居浜から四国中央市へは峠越えになる。くねくねと続く長い坂を登って行く。


四国中央市に入ると、今度は下り坂。国道から「四国のみち」に入るが、前方に騒がしいグループが現れ、再び国道に戻る。


午後4時を回って別格霊場の延命寺に到着。ここまで来れれば翌日の行程に目処が立つ。

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taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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