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土砂崩れの写真を見せていただく 六十番横峰寺(その3)

石槌山横峰寺(いしづちさん・よこみねじ)、「つち」は金偏に夫と書くのが古い字体だが、それだと「おの」としか読まないというのが「霊場記」の指摘である。横峰寺でも山門には「石槌山」と書かれているし、IMEで出てこないということもあるので、ここではそちらで勘弁していただきたい。

お寺に着いたのは午後0時半。小松総合支所から4時間半、バス待合所から3時間、平野林道料金所から2時間かかった。おかげさまで道路状況には問題なかったものの、標高差500mの登りは半端ではなく、ずっと傘を差しながらの歩きはたいへんつらかった。

境内を裏から入った形になるので、まず位置関係を確認する。目の前に見えている新しい屋根は庫裏のようで、庫裏を回り込んで向こう側に見えるのが本堂、こちら側が大師堂だろうか。まず本堂、次いで大師堂にお参りする。あいにくの天気で、この時間お参りしていたのは私ひとりだった。

本堂から石段を下りて、納経所へ向かう。こちらは、遍路道を登ってくると着くルートだ。山門と石柱があり、山門の墨書では「石槌山」と書かれているのに対し、石柱には古い字体が彫られている。

「歩きですか。どちらから登られました?」納経所に行くと、さっそく尋ねられた。

「電話で遍路道が崩れていると伺いましたので、車道を登ってきました」とお答えする。

「そうですね。遍路道の写真を撮ってきたのですが、こういう感じです。しばらく車道でないと危ないと思います。」

わざわざ遍路道を下りて確認してきたのだろう。A4に拡大したプリントアウトを見せていただく。主だった宿など関係先にも送ってあるそうだ。ハードな登りだったけれども、平野林道を歩いたのは正解だったようである。

さて、吉祥寺から疑問であった石槌山と歓喜天の関係であるが、帰ってから調べたところ、大師堂の左に見えるお堂が聖天堂らしい。大師堂のすぐそばにお祀りされているということは、それだけ重要な位置付けということだが、どういう経緯かはよく分からない。

すでにお昼の時間だけれども、納経所横と大師堂近くに自販機があった他は、売店など食べるものを調達できるところはない。ミネラルウォーターを補充し、カルピスソーダでのどを潤す。伊藤園の自販機で、収益の一部を四国遍路の保全活動に使うと書いてある。

午前中にヴィダーインゼリーしかとっていないが、そんなにお腹はすかない。雨のせいだろうか。それにしても、おそらく前後5~6時間食堂や売店がないものと思われ、四国遍路でも指折りの食糧調達不能区域ということになるだろう。

残念だったのは、星ヶ森に行けなかったことである。横峰寺を開いたとされる役行者が谷越しに石槌山を仰ぎ見たとされる場所で、本堂から標高差100mほど登ったところにあるが、雨も降っているし時間も押しているので本堂より上まで行くのはあきらめた。

時刻は午後1時を過ぎた。登りと同じ時間かかったとしても午後5時には麓に着けるはずだし、そこから歩いて石槌神社会館まで1時間かからないだろう。とはいえ、ずっと雨なので暗くなるのも早そうだから、急ぐに越したことはない。リスクの高いことはやめて、登ってきた道を再び下って行く。

(この項続く)

p.s. 「四国札所歩き遍路」のバックナンバーはこちら


しこくやから横浪への遍路道を辿ると、こちらから着く形になる。左が納経所。石柱には古い字体で彫られているが、この先の山門には「石槌山」と書いてある。


納経所から石段を登ると、横峰寺本堂。ご本尊は大日如来。


本堂に正対して大師堂。左に続く道が平野林道につながる。左に見えるお堂が、あるいは聖天堂か。

プロフィール

taipa

Author:taipa
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