FC2ブログ

記事一覧

源信「往生要集」(続き)

先週書いたように、「往生要集」は過去の仏典をもとにした研究論文である。だから源信は、この「往生要集」を当時における先進国であり仏教の本場でもあった宋に送っている。今日でいうところの博士論文のような位置づけであったかもしれない。

しかし残念ながら、唐代以降の中国は少なくとも軍事的には先進国ではなくなっていた。遼や金といった北方民族に圧迫され、やがて宋はモンゴル世界帝国に滅ぼされることになる。浄土信仰も中国では根付かなかった。

「往生要集」と並んで日本史の暗記項目であるのが「日本往生極楽記」である。これは、源信と同じ浄土教サークルに属して一緒に勉強していた慶重保胤(よししげのやすたね)の著作で、わが国においてどういう人達が極楽往生したかという、一種のドキュメンタリーである。

保胤はもともと役人で、従五位下の中級貴族であった。花山天皇の側近で、政治改革に力を入れたが志半ばにして行き詰まり、官位を捨てて出家した。だから、「日本往生極楽記」は、正確には慶重保胤改め僧・寂心の著作ということになる。

保胤の理想としたのは文治政治で、財産とかコネではなく能力のある者が政治をすべきだという主張であった。残念ながら、わが国ではこうした主張は、過去現在を問わず受け入れられないことになっている。花山天皇は法皇になってからも影響力を保ったし、保胤自身もいまでいう政令・通達を起草したくらい有能だったのだが、藤原一門の権謀術数には敵わなかった。

話を戻すと、十王信仰はもともと道教の影響を受けて中国で作られた偽経(釈迦の教えではないお経)をもとにしているが、わが国において広く受け入れられたのは、十王信仰の分かりやすさに加えて、「往生要集」が地獄の存在を広くアピールしたからと考えて間違いなさそうだ。

「往生要集」に書かれた数字の中で、たいへん気になったことがある。それは地獄にいる日数なのであるが、地獄の1日は人間界に換算すると9百万年であるという。これは、生物学的には、ヒトの祖先とチンパンジーの祖先が枝分かれした時期にあたる。

そして、地獄にいなければならない年数は500年、つまり9百万×365×500で人間界の1兆6千万年ということになり、ビッグバンの10倍以上昔ということになる。つまり、地獄に落ちたら最後、ビッグバンが何回も起こるほど、永遠に苦しまなければならないということである。

地獄の後はまた別の世界に転生するのではなく、落ちたら最後、永遠の苦しみが待っているということで、これは経典に根拠があると書いてある。となると、何とかして極楽浄土に行きたいと思うのが人情である。

ここから、十王信仰による死後の裁判への距離は、ほとんど離れていない。つまり、十王信仰の土台は「往生要集」がすでに固めてしまっているということで、仏教と十王信仰の距離は私が考えていたよりもずっと近いことになる。

「往生要集」は、中世において最も重要な必読書のひとつであった。徳川家康の旗印「厭離穢土欣求浄土」は「往生要集」の第1章・第2章の表題だし、「平家物語」のエピローグ・灌頂巻は「往生要集」の内容を踏まえて書かれている。

こうしたことは当時の人々にとっては常識であっただろう。中身も読まないで作者と題名だけ覚えているだけだと、私のように見当違いの理解をしたまま長い年月を過ごすことになる。心しておかなければならない。

p.s. 1970~80年代少女コミックス等、書評いろいろあります。バックナンバーはこちら

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
過去のnifty(2005-2014)、忍者(2014-2018)、当サイトの15ヶ月を経過したブログ記事は、下のリンクからホームページでご覧いただけます。

カレンダー

01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29