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房総らしくきつい尾根歩き ~御殿山・大日山(中編)

御殿山頂上の三角点のすぐ下に東屋があり、ちょうど景色を望める方向に向けて作り付けのベンチが置かれている。前の人は先に行ったようで私ひとりである。腰を下ろすと、目の前に絶景が広がっていた。

低い稜線をひとつ挟んで、向こうに見えるのは伊予ヶ岳である。伊予ヶ岳の標高が336m、御殿山が363mだから、こちらの方が30mほど高い。左に津辺野山、さらに富山と続き、その向こうには東京湾が広かっている。雲の上から、富士山も見えた。

わずかに雲はあるが申し分ない天気で、風も全くなく日差しがぽかぽかと暖かい。こんな景色のいいところで、こんないい天気に恵まれることなどめったにない。リュックからテルモスを出し、カロリーメイトと白湯でティータイム。何とも言えないいい気持ちだ。

(ちなみに、登った次の日から寒気が下りてきて、気温も下がり北風が吹く寒い日が続いた。こういうグッドタイミングで山に行けるのも、リタイアしたおかげである。)

しばらくのんびりした後、稜線を先に進む。御殿山への登山道はいま登ってきた高照禅寺ルートの他、東から登るルートがいくつかあるが、そのうちの一つがトラロープで通せんぼされて「この先、土砂崩れにより通れません」と書いてあった。

さて、御殿山から大日山に至る稜線には国土電子データでみると3、4ヵ所の小さなピークがあり、房総ならではのアップダウンのある尾根歩きになりそうだ。それは予想していたのだが、予想に違わない急傾斜であった。

まず御殿山からの下りが逆落としのような急坂で、やっと平坦になったかと思うと、今度は急坂の登りとなる。20分ほどで着いたピークには、古いベンチと行き先標示だけで、山名を示すものがない。周囲を見回すと、右少し先に自然石の石碑があり、そこに例の「房州低名山」の小さな立て札があった。ここが鷹取山である。

この鷹取山、標高は364mで御殿山より高いのだが、周囲を木々に覆われていて暗く、見通しもほとんどきかない。いつからあるのか、錆びて朽ち果てたミルク缶がある。来る途中にあった「酪農発祥の地」と何か関係あるのだろうか。ここは休まず先に進む。

再び急傾斜の坂道になるが、幸いにハイキングコースとしての整備は行われていて擬木で階段状になっており、嵯峨山のようではない。「房総のやまあるき」の内田栄一氏の別の本「房総山岳志」には、「鷹取山から大日山まではヤブがひどい」と書かれているのだが、2019年冬現在そういうことはない。

二つ目の急坂を登って行くと西側で崩落防止工事をしてあり、山中には不似合いなカラーフェンスが登場する。フェンスの間から覗くと、向こう側には民家も田畑もないのに斜面をモルタルで土留めしてあって、よくこんな山奥を工事したものだと思った。伊予ヶ岳山頂近くもそうだったが、われわれには山奥でも地元にとっては崩落したら影響が大きい土地なのだろう。

この土留め工事のあたりが2つ目のピークで、ここから先それほどの急傾斜はない。淡々と続く山道を進むと途中で分岐があり、「大日山→」のカードにしたがって右に進む。その先のピークが宝篋印塔山であった。

宝篋印塔山は本によって「宝篋山」「法経山」「宝篋塔山」などとも書かれているが、もともと1/25000図にも記載されていないピークであり、山頂に置かれた宝篋印塔にちなんでそう呼ばれていたようだ。地元の看板にも「宝篋印塔」とのみ書かれている。

思うに、そもそも場所を示す言葉として「宝篋印塔」と呼ばれていて、後にピークを表わす言葉として使われる際に、山なのだから「宝篋印塔山」と呼ぶようになったものと思われる。ただし、南房総市のHPに書いてある宝篋印塔山の位置は全くずれていて、実際は大日山のすぐ近くにある。

山頂には、手書きの山名標「宝篋山」と、山名のもととなった石造りの宝篋印塔が置かれている。宝篋印塔には宝篋印陀羅尼経の梵字が刻まれていたということだが、長い年月で摩耗してしまい読むことはできない。

その宝篋印塔のすぐ後ろに、この山の謂れについて書かれた古い看板がある。近くで見てみたのだけれど、字そのものが薄くなっていることに加えて、看板が汚れてしまい読むのが困難である。「昭和三十何年に県の教育委員会が調査した際、顧問である誰某がどうこうした」というようなことが書かれていた。

看板を立てても半世紀すればほとんど読むことはできないし、石に刻んだとしても長い年月の間には摩耗する。私がこうして書いた文章はデジタルデータとして残るかもしれないが、電気がなければ復元して読むことはできない。後の世に何かを残そうとするのは、なかなか難しいことのようである。

(この項続く)

p.s. 「中高年の山歩き」バックナンバーはこちら。モバイルフレンドリー対応済。


御殿山頂上からの眺めもまた雄大だ。富山、津辺野山、伊予ヶ岳と並んだその向こうに東京湾、さらには富士山も望むことができる。


房総の尾根歩きは、なだらかな稜線は決して長く続かない。強烈なアップダウンが2度3度と続いて足腰に響く。


宝篋印塔山は呼び名が統一されておらず「宝篋山」「法経山」「宝篋塔山」などとも書かれている。おそらく地元看板にあった「宝篋印塔」がそもそもの呼び名だろう。

プロフィール

taipa

Author:taipa
3年前にリタイア、気ままなリタイア生活を送っています。
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