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記事一覧

印西大師13 本埜村の3ヶ寺を翌日にして、2日目は打ち止め

辻の堂をお参りしたのは午後3時過ぎ。初日の2時間遅れをカバーすべくがんばって歩いたが、予定に追いつくのは難しいようだ。翌日は家から歩いて旧印旛村に向かうが、その途中にある3つのお寺を翌日お参りすることにし、旧本埜村役場から家までの間にある福聚院、竜湖寺、滝水寺(りゅうすいじ)と回って、この日は打ち止めとすることにした。十四番福聚院と通りを隔てた八十五番観音堂は、ともに天台宗福聚院の施設である。ここも...

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印西大師12 印西大師の創設者である南陽院にお参り

押付薬師堂と南陽院は直線距離にして300mほどしか離れていない。ところが、明治ルートではその間に2ヶ所の札所、3ヶ所の番外札所を巡拝して、距離合計は二十丁(約2km)近くに達している。当時の水路や堤防がいまとは違ったのかもしれない。今回は、押付薬師堂から南陽院まで最短距離を歩く。現在、水路にかかっている橋を渡るとすぐである。南陽院は江戸時代はじめにはすでにこの場所にあったが、現在もご住職の家がすぐそばに建...

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印西大師11 旧本埜村の新田地域を歩く

将監から奥は、かつての浜松藩領である。浜松藩になったのは天保の改革・水野老中の時代で、それまでは天領(幕府領)だった。幕末近かったのと淀藩ほどの歴史がなかったのと、そもそも収穫が多くなかったので、浜松藩の治世をしのぶ旧跡は何もない。明治ルートではこの新田地域の何ヶ所かの番外札所を巡拝するのだが、集落と札所名だけしか分からないので探すのに苦労すると思っていた。ところが、それほど迷うこともなかった。お...

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印西大師10 西福寺から東福寺、密蔵院

四十八番西福寺は小林駅の安食寄り、砂田集落の中のくねくねとした道を曲がった先、階段を登った高台にある。階段横に車のためのスロープがあり、その奥は墓地である。本堂は新しく、本堂に向かい合わせに大師堂(札所)がある。記念碑によると、本堂は平成に入ってから改修されたもので、墓地開発にあわせて行われたようだ。大師堂も、小さいながら近年になって改築されたもので、寄進者のお名前が記されている。この西福寺は旧本...

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印西大師9 小林駅近くの東大寺、馬場の堂と光明寺に巡拝

地蔵堂から昨日迎えに来てもらった鳴沢セブンイレブンに出て、ここから平岡東大寺に向かう。前日予定していたルートである。東大寺にお参りしたことはないが、お散歩コースである平岡斎場のすぐ近くで、歩いたことが何度もある。中は結構広くて、本堂と薬師堂、札所がある。札所は本堂の左手、横に長く、格子なしに2体のお大師様がいらっしゃる。左に二十二番、右に二十八番のプレートが貼られている。四国二十二番は平等寺、二十...

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プロフィール

taipa

Author:taipa
 

5年前にリタイア、気ままな年金生活を送っています。

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