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橋本治「九十八歳になった私」

「背中の銀杏が泣いている」は同時代だから知ってはいるものの、橋本治の作品はあまり購読意欲が湧かないというか、再び読もうという気が起きにくい作家なのである。

その理由はというと、何かノリノリで書いてはいるんだけれど、自分だけ分かっているというか、楽しんでいるというか、そういう気がするのである。この人は、推敲してないんじゃないかと思うくらいである。

推敲とは、「てにをは」を直したり、送り仮名を正しくしたりすること<だけ>ではない。村上春樹が1Q84で書いたように、説明の必要な部分は書き足し、不必要な部分は削り、プリントアウトし読み直してみてまた書き足し、削り、これ以上足せないし引けないというところまで文章を磨き上げることである。

きっとこの人は頭が良すぎるんだろうと思う。自分のレベルで終わりにしてしまうのである。それでも、図書館に置いてあることが多いので、時々読んでしまう。てんやわんやの「ピーコちゃん」ではないが、ノリで書かれたものも時には楽しいからである。

この作品は珍しく、読み返してしまった。まず発想が秀逸である。戦後百一年の2046年、東京大震災により都心が壊滅。九十八歳作家である「私」は栃木の杉並木近くにある仮設住宅に住んでいる。(あとがきで、この想定は「群像」編集部からのお題であることが判明する)

もはや原稿用紙を作っているところはなく、パソコンは打てないので、昔の原稿の裏に墨を使って手書きしている。だから、自分以外は何を書いているか分からない。介護士のバーサン(30歳年下)に、「昔の字で書いてあるから分からない」と言われてしまうくらいである。

ジュラシックパークに憧れた科学者がクローン再生してしまったプテラノドンが杉並木の上に巣を作り、老人をさらって雛のエサにしてしまうので自衛隊が出動して退治する。県政最大の実力者は知事のお母様で、すでに齢百十五。だから知事は七十越えてるのにお嬢様と呼ばれているなどドタバタが続くが、最高に面白いのは「メロンの娘」であった。

「メロンの娘」とは、九十八歳作家の「私」がいくら説明されても名前が覚えられないし人間関係が把握できないものだから、なじみの編集者の親戚でメロンを作っている誰かの係累としか分からないのでそう呼んでいる。このメロンの娘が、「私」の全集を出していいですかと聞いてくるのである。

「いまどき全集なんて買う人いないよ」と九十八歳作家は言うのだが、「それでもいいんです」とメロンの娘は言う。

「私の本て、三百冊くらいあるのよ」と言うと、「三冊じゃだめですか」と娘。「三冊じゃ全集とは言わないよ」と九十八歳作家。

このメロンの娘は編集者とか書籍関係の仕事をしている訳ではなく、宇都宮で手作りのブローチを売っているという。「もしかして、コート着てスカーフ巻いて、寒い冬の夜に街灯の下でバスケットに入れて売ってるの?」と聞くと、「なんで知ってるんですか」と驚かれてしまう。

ここから九十八歳作家の空想は、18世紀のペテルスブルグに飛び、宇都宮だから「餃子姫」という童話を誰か書かないだろうかとさらに飛ぶ。このあたりで、宇都宮駅前の「餃子像」を知っていると大笑いである。

結局、3冊の全集をOKするのだが、メロンの娘は、地震で崩れた書店の取り壊しの時拾った原本を、10冊コピーして自分で売るという。九十八歳作家は、そういえば昔、新宿西口に座って自分の詩集を売っていた女がいたなあと思いをはせる。

「もう、本に関しては流通なんてものは存在しませんね」となじみの編集者は言うのだが、だったら編集者は何をしてどこから給料をもらっているんだろうと、これは私が突っ込みを入れたのだった。

なんだか、あらすじを紹介しているだけで書評にも感想文にもなっていないような気がするのだが、2040年代を待たずに、雑誌とか書籍という紙媒体は存在基盤が大きく揺らぐだろうことは間違いない(新聞も)。

もはや、電車の中でサラリーマンが週刊誌を読んでいる光景は過去のものだし、少しは残っている新聞バサバサおっさんもいずれはいなくなるだろう。新聞も雑誌もスマホやタブレットの画面で完結するのであれば、印刷や流通といった業態も必要なくなる。

人口が減り続ける訳だからスペース的問題の重要度が相対的に低くなって、行政サービスとしての図書館は続くような気がするけど、行政が購入するような本ばかりというのもちょっと寂しいかもしれない。

p.s. 1970~80年代少女コミックス等、書評いろいろあります。バックナンバーはこちら

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戦後百一年の2046年、東京大震災後の日本で、プテラノドンの巣がある日光杉並木の近くに住む98歳作家の手記。餃子姫には笑ってしまいました。