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奥行臼廃線跡

今回、道東に行ってみたくなったのは、NHKでやっている六角精児の番組「呑み鉄」を見たからである。以前書いたことがあるが北海道には旅行・出張あわせて四、五十回は行っており、離島以外はほとんど足を運んだことがある。

そんな中で、まだ行ったことがないのが霧多布であった。あのあたりでは釧路、根室、別海、知床は何度も訪問しているのだが、国道44号線をわずかに入っただけの霧多布に行ったことがなかったのである。

その番組では、「鉄ちゃん」である六角精児が奥行臼の廃線跡を訪ねていた。奥行臼はJR標津線も走っていたのだが、それとは別に北海道開拓以来の歴史を持つ殖民軌道も通っていたのである。

殖民軌道とは聞き慣れない言葉だが、北海道開拓当時、道路の建設がままならない時期に線路を敷き、その上を馬で荷車を引かせて人員や貨物の輸送に用いたものである。道路を作るより線路を敷く方が難しいような気もするが、地盤とか幅員の関係もあったのかもしれない。

現地に置かれている説明板によると、駅はあったもののそれ以外の場所でも乗り降りができ、ダイヤもあってなきが如きだったというから、まさに鉄道というより道路に近い存在であった。今回訪れた霧多布周辺の別海・浜中地域は、道内でも最も殖民軌道が多い土地であった。

その後、道路網の整備により役割を終え、廃止となったのが昭和40年代というから、私が初めて北海道に行った昭和51年の直前である。そういえば、小学校で「パイロットファーム」は習ったし、まだまだ北海道は開拓途上だったということである。

厚床で国道44号線を左折し、国道243号線に入る。周囲は牧場であるか原野であるかどちらかだ。時折、路肩に幅1m余りの平坦な小道が続いているのは、JRの線路跡だろうか。10kmほど走ると駐車場とトイレがあり、「奥行臼歴史の里」の立て看板がある。

JR奥行臼駅跡と村営軌道跡はここに車を止めて歩く。線路がいまだに残っていて、砂利と枕木を踏みながら5分くらいで奥行臼駅跡に着く。ホームや駅舎、駅名板は当時のまま残されている。当時といってもJR北海道になってからなので、「歴史の里」というほど古くはない。

意外と広くてきちんと手入れがされていて、雰囲気のいい場所である。駅舎は現在、保存のための工事中ということで中には入れないが、外から見ることができる。ちょうど、「明日萌駅」のようである。50mほど離れたところに小屋があって、どうやら風呂小屋のようだ。せっかく温まっても、外に出たら冷えてしまいそうだ。

手許にある昭和46年の国鉄時刻表によると、当時の標津線は1日5往復であった。現在、国道243号を走っているバス便は1日4本だったので、廃線当時のまま代替バスが運用されているらしい。ちょうど車を止めている時に1台走り抜けて行った。

村営軌道跡は最初は分からなくて、いったん駐車場に戻って側道を延々と牧場まで走って、あきらめて戻ってきたら奥行臼駅跡のすぐ先であった。もともとも奥行臼駅のホームで乗り換えたというから、近くにあるのは当り前なのであった。

こちらの方は、線路やホームこそ残っていないものの、当時使われた機関車と客車、ミルクゴンドラ車が展示されている。隣の建物は当時の待合所兼事務室であったようで、古いガラスの入っている和室は宿直の職員が泊まったものだろうか。

いま家で普段飲んでいる牛乳は、根室・釧路産限定の「北海道牛乳」である。考えてみれば、低温貯蔵・低温輸送の手段が少なかった昔は、牛乳は消費地の近くで生産するものだった。私がかつて住んでいた船橋では、市川(明治乳業)か八千代(興信牛乳)で瓶詰めされた牛乳が、毎朝家まで配達されたものである。

いまのように、すぐに冷蔵庫に入れられたのではない。そもそも、電気冷蔵庫が普及する前だから、玄関先の配達箱に入れられていたのである。留守をして1日取り出さないでいると、味が変わってしまうことも少なくなかった。そんな時代だから、生産地と消費地が離れることは考えられなかったのである。

当時も、根釧地域には多くの牧場があり乳牛が飼われていたが、毎日絞られた牛乳は牛乳缶に入れられて工場に送られ、近い距離であれば牛乳として消費され、多くはバターやチーズに加工された。今日では、こちらで搾乳された牛乳が1000km以上離れた首都圏まで運ばれてくる。私の生きている60年余りでも、時代が変わったのであった。

そうして昔のことをいろいろ考えたり思い出したりする1日でした。

p.s. 国内紀行記事、他にもいろいろあります。B級スポット探訪記はこちら。モバイルフレンドリー対応済。


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標津線・奥行臼駅跡。JR北海道になってから廃線となった。


昭和中頃まで営業されていた村営軌道風連線。いまでは冷蔵倉庫やトラックが使われている牛乳の輸送に大いに役立った。